ラプチャーディスク、爆発防護の販売

ラプチャ-ディスク(破裂板)を中心に、エクスプロージョン・ベント(爆発放散口)などファイクジャパン株式会社は、工場のプラント防災に関わる製品を販売しています。

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ファイクに“Chu”

ファイク・ジャパンのブログ「ファイクに“Chu!”」はお客様への「感謝の気持ち」、社内やアメリカ本社での「様々なできごと」。
それぞれの「ライフスタイル」などを合わせてご紹介します。

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あれから

志村よしたか

先日、3月11日ということで、あの地震から6年がすぎました。
今年の3月11日は土曜日でした。当時は平日でしたので、同じ3月11日とはいえ、
土曜と平日では生活も違っていて、なかなかあの時のことを実感できないなあと思っていました。
仮に、休日に地震が来たらどうしたらいいのか、どうなっていたのか、など、1人で妄想してました。

6年前、僕は加藤さんと茨城県の鹿島にいました。
ちょうど、午後3時のアポに合わせて、工場地帯を車で走っていました。
急に車が中央線を越えて、左の反対車線に進入したので、
運転してた加藤さんに「ちゃんと運転してください」と言ったら、
加藤さんが僕に「風が吹いたんですかね」と言いました。

そして、周囲を見たら、すごい揺れていて、車をその場に止めて、エンジンをきって、
しばらく揺られてました。車はまるで、改造したアメ車のように上下に持ち上がっては、
また沈んでを繰り返しました。

揺れがおさまって、外を見ると貯水されている大きなプールから水があふれているのが見えました。
いくつか見える蒸留塔はそれぞれ別の方向に「バタバタ」とまるで旗がなびくような音をたてて、揺れていました。
地面には大きなひびが入ったり、段差ができたりしていました。

車を降りて、背後に停車した2トントラックまで走って行って、
「震源はどこですか?東京はどうなってますか?」と聞きました。
トラックの運転手さんはラジオを聞きながら「仙台の方」だって言ったのを覚えています。

それから、3時アポのお客さまに挨拶だけして、利根川が渡れずに迂回しながら、東京まで渋滞のなか帰ってきたのですが、
東京に着いた頃には朝になってました。途中、江戸川で会社帰りの人たちがぞろぞろ橋を渡って歩いていました。

家に戻って、テレビを見てびっくりです。
その時に津波の映像を初めてみたのです。
非常にショックでした。

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投稿者: 志村よしたか 日時: 2017年03月13日 | パーマリンク
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志村よしたか Yoshitaka Shimura

ニックネーム:若旦那

性別:

血液型:AB

1978年 生まれ、東京育ち

趣味はアートにスケボー。毎日、家から会社まで往復25kmの自転車通勤中。週末の楽しみや、仕事中の出来事をレポートします。

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